7-2019
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自分を信じろ
〜日本人初NBAドラ1八村塁の言葉〜
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鳥肌が立った。
ニューヨーク州ブルックリンにあるバークレイズセンターにNBAコミッショナー、アダム・シルバーの声が響き渡る。
「With 9th Pick, 2019 NBA Draft, Washington
Wizards select, Rui Hachimura, From Toyama
Japan, Gonzaga University」
6月20日に開催された、バスケットボールの最高峰、NBAのドラフト会議で史上初めて日本人の名前が呼ばれたのだ。
エンジ色に青色のアクセントが入ったジャケットを羽織った八村塁選手が立ち上がる。一緒にテーブルに同席した母と、そして、父と抱き合う。その直前に空を見上げて右手人差し指で天を指したのは亡き祖父への感謝と報告だ。
身長203メートル、体重104キロの体躯。満面に笑みをたたえてステージへ。手渡されたウィザーズのロゴの入った帽子をかぶり、壇上での即席インタビューを受けた。第一声は「I
mean, it’s crazy. It’s unreal. (ヤバいです。嘘みたい)」。日本国民へのメッセージを求められると「みなさん、やりました! 日本人初NBAです!」と言って照れ笑いを浮かべた。
ジャケットの左襟には日本のピンバッジが光輝いていた。
指名後の記者会見。八村選手が日の丸を着けた理由を明かす。「日本人としてこの大きいな舞台に立つということで、(ドラフト会議は)世界でも見られているなかで僕の日本の国をしっかり見せなきゃいけないなと思ってつけました」。
富山県で生まれ、育った八村選手の母は日本人、父は西アフリカのベナン人。NBAドラフト会議では選手たちの間でブームになっているジャケットの裏地に縫い付けるメッセージ≠ヘ右側が浮世絵チックな富士山と荒波、左側がアフリカ伝統のデザインだ。
「僕は日本人とベナン人のハーフで、ずっと日本で育ってきた。それが一番、心の中に残っていること、僕の根本なので、そういうのをしっかりスーツに乗せたいなと思っていました」
一夜明けた同21日に本拠地ワシントンDCのキャピタルワン・アリーナで行われた入団会見の場で着用していたスーツの裏地も右側に日本を、左側にベナンを象徴するデザイン。すでに両親は離婚していると伝えられている八村選手だが、自分のルーツ、アイデンティティに誇りをもっている。
それは発言からも強く感じられる。八村選手同様、日本の高校を卒業後にアメリカへ渡り、現在フロリダ大に通う陸上短距離のサニブラウン・ハキーム選手は日本人の母とアフリカ・ガーナ人の父の間に生まれた。
6月の大会では100メートル決勝で9秒96を出して日本新記録を樹立し、大きな話題になったこともあり、「日本でもハーフの子たちがいっぱい出てきていて、スポーツでもすごい活躍をしているのは見ててうれしいですね。僕もバスケの代表としてやれてるのはすごくうれしいですね」と話す。
日本にいるハーフの子供たちが八村選手を目標に練習に励んでいると伝え聞くと、「だからといって何かをするわけではないんですけど」と前置きしながら「小さい子たち、僕を知らない人たちも(NBAを)見ているのでそういう中で、僕のこういうストーリーを見て、そういうふう(目標)に思ってくれてると思うのはすごいありがたいです。子どもたちに影響を与えることは僕の一つの夢というか、僕の目標というか、。そういう人たちがいることはすごいうれしいです」と素直に喜んだ。
7月上旬に行われた、若手有望選手の登竜門とされるサマーリーグでは3試合に出場して1試合平均19・3得点、7リバウンド、1・7ブロックをマーク。攻守で存在感を示した。ベスト5を意味するファーストチーム入りはならなかったが、セカンドチームに選出され、ドラフト全体9位指名の力を証明した。
今後は日本代表メンバーとして8月下旬から9月上旬にかけて中国で行われるワールドカップに出場する。まだ日程は発表されていないが、10月下旬にはNBAのレギュラーシーズンが幕を開ける。来年の東京五輪でも大黒柱としてその活躍が期待されている。
「夢を叶えることとは?」
その問いかけに八村選手はこう答えている。
「人に何を言われようと、色んな意見があると思いますけど、それでも夢に向かってどれだけ自分を信じてやっていくかっていうことが大事なんじゃないかなと思います」
21歳が口にした人生訓。その言葉に勇気をもらったのは筆者ひとりだけではないはずだ。
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