例年4月に開幕するメジャーリーグは7月の第2火曜日に開催されるオールスターゲームが折り返し地点とされている。しかし、厳密に言うと、それは誤り。年間162試合を戦う同リーグの半分の81試合目はその2週間ほど前に過ぎているからだ。
今季のシカゴの2チームで言えば、ホワイトソックスは6月28日に、カブスは同30日に81試合目に到達している。この時期に恒例となっているのが中間リポート。ザックリしたものになるが、前者はキューバからやってきたホセ・アブレイユ一塁手の活躍にもかかわらず、勝率5割を下回って低空飛行を続けており、後者は投打ともに明るい話題は少なく、ナショナル・リーグ中地区の最下位を独走している。
要はどちらもプレーオフ進出の望みがほぼ断たれた状態にある。そのため最近の話題はもっぱら7月31日が期限となるトレードだ。ホワイトソックスではジョン・ダンクス投手、カブスなら先発のジェフ・サマージャとジェイソン・ハメル両投手の移籍先が取りざたされている。来年以降を見据えて、今年で契約が切れる選手や年俸の割には働きの悪い主力選手を放出して若い選手を獲得する。プレーオフ進出の可能性のあるチームは特に即戦力の先発投手を欲する傾向にあり、出す側は将来有望の若い選手が獲れるなら商談に応じるというわけだ。応援する側からすれば、これからシーズンが佳境を迎えようとする時期になんともやるせない話である。
視野をシカゴから全米に広げれば、今季前半に最も注目を集めた1人はニューヨーク・ヤンキースの田中将大(まさひろ)投手だろう。愛称の「マー君」の方が分かりやすいかもしれない。
ヤンキースは6月30日にシーズンを折り返したが、田中投手はここまで16試合に先発して両リーグ最多の11勝(3敗)。チームが勝率5割をキープし、プレーオフ進出に望みをつないでいるのは田中投手のおかげと言っても過言ではない。
同投手はメジャー合計300人を越える先発投手の中でただ一人、開幕からクオリティー・スタート(QS)を記録している。QSとは、6回以上を投げて3自責以下で降板することで、先発投手の仕事ぶりを判断する基準のようなもの。規則では、先発投手は5回を投げ終えた時点でチームが勝っていれば、勝利投手の権利を手にできる。QSの数が多ければ多いほど、先発投手が高く評価されるというわけだ。
田中投手はQSのほかにもア・リーグ1位タイの防御率2.10、同2位のWHIP0.95といった成績を残している。防御率は9イニング平均の失点、WHIPは1イニング平均の出塁数だ。どちらも投手の質を計る上でとても重視されているスタッツだ。
メジャー1年目ながら日本と同じように、もしかしたら、それ以上の質の高い投球ができている一番の要因は、制球のよさ。もっと言えば、低めにボールを集める能力だ。
低めの球を打てば打球はゴロになり、高めの球を打てばフライになる。どちらがアウトになる確率が高いかは言うまでもない。田中投手はストライクゾーンの低めにボールを投げられるだけでなく、ゾーンから鋭く落ちてボール球になる変化球、スプリットがある。ピッチャーはいかにボール球をバッターに振らせてアウトを取るかに苦心する。低めのストライクと思わせておいて、さらに低いコースに球を落とす。当てられても打球はゴロになる。今や「世界一」、「魔球」とも言われているスプリットを田中投手は投球全体の25%、4分の1の割合で投げている。結果、ボール球を振らせた確率は38.4%。メジャー平均が30.2%を考えれば、いかに突出した数字であるかがよく分かる。
田中投手の変化球はスプリット以外にもスライダー、カーブ、チェンジアップの4種類。直球系の球はストレート、左打者の外角に逃げて行くツーシームと内角に鋭く入ってくるカットボールの3種類がある。七色の球種でバッタバッタと打者を斬(き)っている。
興味深いのは1イニング平均の球数だ。野球界では1イニング15球が理想とされているが、田中投手はそれを下回る14.74球。これはリーグ2番目の少なさだ。
メジャーでは先発投手は100球が交代の目安となっている。1イニング平均20球だとすると5回しかもたないが、14.76球だと6.78回。つまり、田中投手が先発した試合は7イニングまで計算できる。先ほど挙げたQSにつながっていく。
気になるのは、直球系の球をヒットにされる傾向にあること。11勝目を挙げた6月17日のブルージェイズ戦で打たれた5本のヒットはいずれもストレート系。3敗目を喫した6月28日のレッドソックス戦で9回2アウトから強打者マイク・ナポリ選手に打たれた決勝ホームランも同じ球種だ。1ボール2ストライクと追い込んでからスプリットとスライダーの捕手のサインに首を振り、投げ込んだ時速154キロのストレートをガツンとやられた。投げた本人は裏をかいたつもりだったが、相手はさらに上手だった。
「弱点・直球」はデータにも出ている。各球種の価値を示す数値ではスプリットの14.8、スライダーの10.3に対し、直球系はマイナス6.1。いかに打ち込まれているかは一目瞭然だ。
メジャーリーグは後半戦に突入している。気の早いメディアは田中投手をサイ・ヤング賞最有力候補に挙げているが、体力の消耗が激しい季節はまだ到来していない。敵も研究に研究を重ねて攻略法を見つけ出すだろう。7年1億5500万ドルの超大型契約。今季年俸2200万ドルの真価が問われるのはこれからだ。
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