「シカゴのジャズを求めて」(後編)
そして、日をあらためて次に行ったのがバックタウンにあるSMOKE
DADDY。この店の出すスペア・リブはシカゴ・マガジンにも選ばれたというだけあってジューシーで美味い。一見普通のリブ屋なのだが、店の入り口の直ぐ横に小さなステージがある。9時を過ぎた頃に楽器ケースを担いだ4人組が店内に姿を現した。彼らが日本人サクソフォン・プレイヤーTAKUの率いるアキヤマ・カルテットだ。その小さなステージに彼らが窮屈そうにおさまると、さっきまでリブにかじりついていた客達の視線が集まる。どうやら固定ファンもいるようだ。何の挨拶もなく、いきなり始めた彼らの音楽はストレイト・アヘッド・ジャズ(注4)。若干26歳のTAKUの美しく澄みきったサウンドが店内に響き渡る。なるほどMIYAKOさんのお墨付きなわけだ。店内には大声で話をしている人たちもいて結構騒がしい。そのざわめきをBGMに、繊細なジャズを聴くという不思議な融合感はライブ特有のものかもしれない。TAKUの奏でるスローなナンバーが心の忘れていていた部分にしみこむ。この感覚は何なのだろう。それが分からぬまま、セッションを終えたTAKUにインタビューをすることにした。バンド・リーダーとして他のメンバーにも責任のある彼は、毎日シカゴ中のクラブに電話をしてデモCDを送りつけるなどの地道な営業活動をしているという。本当は自分のオリジナルの演奏だけでやっていきたいと語るTAKUだが、この世界ではそうして食べていけるのはホンの一握りの人達だけ。メンバーを食わせる為には本当に自分のやりたいわけではない音楽をプレイするために遠くの町までドライブする事もあるという。シカゴには日本人のジャズ・ミュージシャンも意外と多いが、自分でバンドリーダーをやっているのは有名な青木達彦氏と野毛洋子さんを除いてはこのTAKUだけなのだそうだ。95年に10代でシカゴに来て以来ずっとプレイし続けているというTAKUからはこの店の小さなステージには入りきらない大きな何かを感じさせるサウンドが溢れている。それが僕の感じた感覚だったのかもしれない。大きな夢を持ってアメリカに渡ってきた僕が日々に忙殺されて忘れかけていた部分。夢の為に駆け抜ける年下のミュージシャンのシルエットを見つめながら、ふとそんな風に思った。
スモーク・ダディーを出た僕らが訪れたのはシカゴ・ノースサイドにあるKaterina'sという店。ここはお洒落なコーヒーハウスという感じで、僕らが入った時には店の奥にあるピアノの前で二人の白人ピアニスト達が陽気なリズムで演奏していた。彼らの名はバレルハウス・チャックとアーウィン・フェルファー。シカゴでも有名なブルース・ピアニスト達だ。彼らのスタイルは『ブギウギ』と呼ばれるシカゴ生まれの音楽なのだそうだ。一曲終わる度にお客さんから大声でリクエストが入り、チャックとアーウインが頭をかきながら曲を弾き始める。ここは彼らの隠れ家。厳密には彼らの音楽はブルースに分類されるのだがMIYAKOさんは僕らに「シカゴの音楽」を紹介するという意味でこの店を紹介してくれたのだった。それにここのティラミスがまたとってもイイ。コーヒーを飲みながらリラックスして長い夜の余韻にひたっていたら、隣の人がワインをご馳走してくれた。何枚もCDを出している有名人達の隠れ家で彼らの生演奏を楽しみながらワイングラスを傾ける。う〜ん知らなかったな〜、シカゴにこんな一面があったなんて。
結局、「シカゴのジャズ」とは何なのだろうか?どうやら今回5件を廻っただけの素人の僕が偉そうに語れるほど安易な世界では無さそうだ。僕には誰もが自分なりのシカゴ・ジャズを表現しているようにみえた。しかし、本文でも触れた通り自分の好きな音楽だけで食べていけるほどこの世界は甘くない。数多くの有名アーティスト達が、プレイし続ける為に、昼は他の仕事をしたり、不本意な音楽をプレイしてでも頑張っていた。そして、それを一生懸命応援している人達もいた。ベルベットのアンダーソン氏もそうだし、MIYAKOさんだってそうだ。一人でも多くの人にチャンスを与えるために、そして一人でも多くの人にこの素晴らしい世界を分けてあげるために彼らは日夜奮闘しているのだ。残念ながら「シカゴ・ジャズ」が何かは分からなかったが、今回の取材を終えて「こんな素晴らしい世界がこんなに身近にあったなんてシカゴにいて本当に良かったな」としみじみ思った。このコラムが少しでもジャズ反映の役に立って欲しいと思うなんて僕もジャズの魅力に取り付かれたかな?
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(注4)ストレイト・アヘッド:「真っすぐ」、つまり「メロディーを崩さずに几帳面に演奏する」という意味
Mスクエア
今回協力してくれたMIYAKOさんの経営するシカゴの日系イベント・プランニング会社。テレビ・ロケなどをはじめ、ビジネス・セミナーや視察ツアーなどあらゆるコーディネーションを手がける。その一環としてカスタムメイドのジャズ&ブルースのツアーを人数や好みに応じて提供している(一人からでもOK)。ケータリング・サービスも行っている。
ホームページ:www.m2chicago.com
電話番号:847-518-8503
メールアドレス:info@m2chicago.com
注)ジャズ・バーやレストランは入れ替わりが激しいので、訪れる前にお電話される事をお薦めします。
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