おっ、懐かしい。テレビゲームにはさほど詳しくないが、画面の中で躍動するキャラクターを見てそれがNINTENDOの「スーパーマリオブラザーズ」であることはすぐに分かった。
メジャーリーグ、ロサンゼルス・エンゼルスのクラブハウス。ベンチ登録選手25人のロッカーが並ぶ大きなフロアの中央に置かれたテレビ画面に向かってアルバート・プホルス選手がコントローラーをせわしなく動かしていた。マリオが隙間に落ちたり、カメに食われたりする度に顔をしかめて悔しがり、ステージをクリアすれば声を上げて喜ぶ。目は真剣(まじ)だ。たとえ、ゲームであっても手抜きはしない。こんなことでも負けず嫌い…。39歳の大ベテランが試合前に見せた姿が微笑ましくもあった。
ドミニカ共和国で生まれたプホルス選手は10代の頃にアメリカへ移住し、ミズーリ州の高校、そして、コミュニティカレッジへと進んだ。メジャー球団からの評価はそれほど高くはなく、1999年ドラフトでセントルイス・カージナルスから受けた指名順位は13巡目、全体の402番目だった。しかし、プロ3年目の2001年にメジャーデビューを果たすと、シーズン162試合のうち161試合に出場し、いきなり、打率・329、37本塁打、130打点の成績を残した。ナ・リーグ新人王も獲得した。衝撃的デビュー。ちなみにア・リーグの新人王は3月に引退を表明したシアトル・マリナーズのイチロー選手だった。
その後の活躍は言うまでもない。10年連続打率3割&30本塁打&100打点を記録し、その間に首位打者1回、本塁打王2回、打点王1回、MVPも3回獲得した。大黒柱としてチームを2度のワールドチャンピオンに導いている。
エンゼルスに移籍したのは2012年。これまで打ち立てた金字塔は数知れず。2017年に史上9人目の通算600本塁打を、昨季は史上32人目の通算3000安打を達成している。野球殿堂入り確率100%の選手が残してきた記録はどれも輝かしいものばかり。
そして、今シーズンも新たなマイルストーンにたどり着いた。
5月9日、敵地デトロイトで行われたタイガース戦。3回の打席でホームランを放ち、通算2000打点を記録したのだ。1シーズンで100打点を挙げれば一流打者と言われている世界。単純計算で2000打点まで20年。とてつもない数字なのだ。「打点」が正式記録となった1920年以降、達成したのはハンク・アーロン、アレックス・ロドリゲスの2人だけ。打った瞬間、どうだ!と言わんばかりにバットを放り投げたプホルス選手。コメリカパークの左翼後方にある巨大画面に記録を称える文字が躍った。みんなが立ち上がって拍手を送る。敵味方は関係ない。そこにあるのは偉大な選手への敬意だった。
ところが、ここでちょっとしたハプニングが起こる。2000打点目の記念ボール。左翼席に飛び込んだ打球をゲットしたのはタイガースファンの男性だった。通常の流れからすると、球団関係者が記念球を選手の元に届けるために交換条件として観客に選手のサインが入ったバットやボールをプレゼントする。ところが、その男性は野球ファンの親戚か誕生間近の子供に贈りたいからと言ってすべてのオファーを拒否したのだ。地元メディアの報道によれば、プホルス選手のサイン入りグッズだけでなく、タイガースの主砲ミゲル・カブレラ選手のサイン入りバットなども追加されたが、その男性は頑として首を縦に振らなかったという。
さぞかし、プホルス選手は落胆していることだろう。と思いきや、試合後、報道陣の取材に応じたベテランはにこやかにこう言った。
「僕が思うにこれで彼はメジャーの歴史の一部を手にしたことになる。そのボールを見るたびに彼は今日の試合を思い出すことができる。僕はあのボールを奪うつもりはない。僕たちはファンのために試合をしている。だから、彼には楽しんでほしいと心から思っているよ」
なんて、男前なんや…。プホルス選手から後光が差していた。
記念球にまつわる有名な話は何と言ってもバリー・ボンズ選手だろう。2001年に達成され、現在もシーズン最多記録として残されている73号のボールは45万ドルで売買された。2007年にアーロン選手のもつ通算755本塁打の記録に並んだホームランボールは18万6750ドルで、新記録となる756号球はその4倍の75万2467・20ドルで取り引きされている。
今回のプホルス選手のボールはボンズ選手ほどでないにしても、あるメディアは2万5000ドルの値打ちがあると伝えた。男性ファンは金もうけを目的に交換を拒否したわけではなかったようだが、ひとりの記者が「もしお金を求めてきたら」と問うと、プホルス選手は「1ペニーも出す気はない。ずっともっていていい。全く問題なしだ。ボールがスタンドに入ったらそれはファンのものだからね」と言い放った。
男前…。チームの精神的支柱と言われる所以がここにある。
試合前のエンゼルスのクラブハウス。中央に設置された大きなテレビ画面に向かってプホルス選手が手にしたコントローラーをせわしなく動かしていた。まさかの2日連続「スーパーマリオブラザーズ」。子供のように一喜一憂する姿がなんとも微笑ましかった。
|