衝撃的ニュースだったのは間違いない。だからと言って、引退と決めつけるような周囲の反応が悲しかった。
メジャーリーグ、シアトル・マリナーズは5月3日、イチロー選手が球団の特別補佐に就任するとともに、メジャーリーグの登録メンバー40人枠から外れ、今シーズンはプレーしないと発表した。
開幕からわずか1カ月後というタイミング。しかも、現役選手がシーズン中に球団フロントに入る。常識的にはありえないことだった。
イチロー選手の今年の動きを振り返る。
昨年のシーズン後にマイアミ・マーリンズからフリーエージェントとなった同選手は移籍先が見つからないまま、新しい年を迎える。10月で45歳。野手では最年長だ。2月、各球団がスプリング・トレーニングを開始する。それでも獲得に動くチームはなかった。
手を挙げたのはマリナーズ。キャンプ地アリゾナで外野陣にけが人が続出した。メジャー1年目の2001年から12年途中までプレーした球団の功労者にメジャー契約をオファー。「僕が今まで培ってきたすべてをこのチームに捧げたい。そういう覚悟です」。3月7日、6年ぶりの古巣への電撃復帰だった。
しかし、順風満帆とはいかない。オープン戦出場3試合目で右ふくらはぎを痛めた。復帰後に出場したマイナーとの練習試合で頭部に死球を受けた。思い通りの調整ができないまま、3月29日、本拠地セーフコフィールドでメジャー18年目の開幕を迎えた。2対1でクリーブランド・インディアンスに競り勝った試合。8回の守備で若い外野手と交代した。
翌30日の試合で2安打を記録し、レフトの守備ではホームラン性の打球ももぎ取った。イチロー健在。見る者にそんな印象を抱かせた。しかし、接戦となった4月1日の試合で再び、8回の守備でベンチに下がった。そうこうするうちに打撃で結果が出なくなった。徐々に出場機会が失われていく。4月半ば以降はスタメン出場が週1、2回のペース。地元メディアは選手の入れ替えがあるたびにイチロー選手が戦力外になる可能性を報じた。
いよいよ、引退…。そんな空気が流れる中、球団がイチロー選手の球団特別補佐の就任を発表した。
スーツではなく、ユニホーム姿で行った記者会見。イチロー選手は「この日が来る時は(選手を)やめる時だと思ってました」と語り、球団からの「特別補佐就任」提案に深く感謝した。「これが最後ではない、ということをお伝えする日になった」とも話し、引退を完全否定した。
にもかかわらず、多くの人はそうは受け取らなかった。「このまま引退するだろう」と予測。「偉大な選手だった」と過去形でこれまでの偉業、記録を称賛した。
今一度、思い返してほしい。イチロー選手がやってきたことを。2001年に27歳で海を渡ってヒットを打ちまくった。2004年にシーズン262安打を放って85年ぶりにメジャー記録を塗り替えた。2007年にサンフランシスコで開催されたオールスターゲームでは史上初のランニングホームランを放っている。2016年には史上30人目の通算3000安打を達成している。常識を覆し、不可能を可能にしてきた選手なのだ。
「50歳までプレーしたい、ではなく、少なくとも50歳までプレーしたい」
3月7日の古巣復帰会見でイチロー選手は自身の過去の言葉を繰り返し、現役生活の継続に意欲を見せた。その言葉は冗談でも、ウソでもなく、マリナーズのフロントに入った後もこれまでどおり、チームの遠征にも帯同し、試合前の練習にはユニホーム姿で参加している。来年3月には東京ドームでマリナーズとアスレチックスの開幕戦が開催されることも決まっている。
引退なんてとんでもない。イチロー選手が復帰する条件はすでに整っているのだ。
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