少しいびつな黒い丸。Tシャツの左袖からのぞくタトゥーが気になった。
メジャーリーグ、ピッツバーグ・パイレーツのクラブハウス。選手たちの体に刻まれたタトゥーはカラフルで、奇抜なデザインのものが多い。だから、逆にそのシンプルさが目に留まった。
タトゥーの主はギフト・ンゴーペイ内野手。4月26日のシカゴ・カブス戦でメジャーデビューを果たしたばかりのルーキーだ。
時の人。アメリカだけでなく、日本など野球が盛んな国々を中心に大きな注目を集めた。理由はその生い立ちにあった。
1990年1月18日、南アフリカ共和国ピータースバーグ生まれ。本当のファーストネームは、「ギフト」ではなく、「ムフォー(MPHO)」だ。南アフリカに11も存在する公用語のひとつ、ソト語で「GIFT」を意味する。それをそのまま登録名にした。
そう、ンゴーペイ選手はアフリカ系アメリカ人ではなく、生粋のアフリカ人。史上初のアフリカ出身のメジャーリーガーなのだ。
もしかして…。左肩のタトゥーに目を凝らす。見えてきた。それは、「少しいびつな黒い丸」ではなく、『アフリカ大陸』。右側にある「小さない楕円形」は『マダガスカル島』に違いない。
念のために直接、本人に確認してみる。
「確かにこれはアフリカ大陸です。左肩に新しいタトゥーを入れたいと思ってデザインを探していたら、これを見つけたのです。2年前、いや、去年でした。2016年の1月でした」
南アフリカ共和国と言えば、かつてはイギリスの統治国。ラグビーが国技であるようにスポーツでもイギリスの大きな影響を受けている。ラグビーと並び、野球の原型であるクリケットやサッカーも人気がある。
「野球を始めたのは3歳の時。クリケットとサッカーもやっていました。ただ、クリケットは野球に比べてプレーが遅いので、高校生になった時にやめました。野球の方が楽しかったですね。サッカーは続けていましたが、18歳の時に野球を選びました。契約のオファーがあったからです」
07年にイタリアにあるMLBの野球アカデミーに入所。そこでコーチを務めていた元シンシナティ・レッズの遊撃手で、殿堂入り選手でもあるバリー・ラーキン氏と出会い、さらに野球の魅力、奥深さを知る。08年にパイレーツと1万5000ドルでプロ契約を交わした。
しかし、そこからの道のりが長かった。約9年のマイナー生活。通算成績は704試合で打率・232と苦しんだ。今季も3Aで15試合に出場し、打率は・241。数字上は大きな変化は見えなかったが、両打ちから右打ちに専念したことで打撃向上の兆しが見えていた。元々、守備の評価は高かった。メジャーの控え選手に求められるのは確かな守備力。メジャー昇格が決まった。
4月26日のカブス戦は四回の守備から二塁で出場。その裏の攻撃で初めて打席にも立ち、ジョン・レスター投手から中前打を記録した。初打席初安打。ベンチに戻るとチームメートたちから祝福された。
「泣くまいと自分に言い聞かせました。僕はもうメジャーリーガーなんだから、と。最高の気分でしたね」。
2日後のマイアミ・マーリンズ戦では「8番・二塁」で初めて先発出場し、三塁打を含む3安打2四球。全5打席で出塁し、初打点、初得点もマークし、チームの勝利に大きく貢献した。5月3日現在、6試合で打率・385、出塁率・579と好調を維持している。
ジャッキー・ロビンソン選手がメジャー史上初の黒人選手としてロサンゼルス・ドジャースでデビューしたのが1946年4月16日。あれから71年ー。ンゴーペイ選手は間違いなく、アフリカのパイオニアだ。
アフリカ大陸の人口は約12億4000万人。「ここは僕の故郷。僕の原点です」。左袖をまくってタトゥーを見せてくれたンゴーペイ選手の表情は誇らしげだった。
|