「今年の米野球殿堂入り投票の結果が発表された直後、私のところに元メジャーリーガーからテキストが届いた。そこには『今回選ばれた3人のうち2人がステロイドをやっていたっていうのに選考過程がよく分からない』と記されていた…」
こんなショッキングな書き出しで始まるのは1月19日付のスポーツ専門サイト、foxsports.comに掲載された原稿だ。
1月18日、米国野球殿堂が今年の殿堂入り選手を発表した。
選出されたのは、テキサス・レンジャーズなどで捕手として活躍し、通算2844安打の記録を残したイバン・ロドリゲス氏、ヒューストン・アストロズ一筋で15年間プレーし、449本の本塁打を残したジェフ・バグウェル氏、モントリオール・エクスポス(現ワシントン・ナショナルズ)時代に4度の盗塁王に輝き、歴代5位の通算808盗塁のティム・レインズ氏の3人だ。
冒頭に紹介したテキストにあった「3人のうちの2人」とは、ロドリゲス氏とバグウェル氏を指す。前者は、80、90年代に日常茶飯事だったと言われているステロイド使用の実態を暴露した元メジャーリーガーのホセ・カンセコ氏の著書(2005年出版)の中に実名で登場している。衝撃的な内容に世間が大騒ぎした当時、デトロイト・タイガースでプレーしていたロドリゲス氏は報道陣を前にしてボディビルダーのような肉体美を披露。クスリの力を借りずとも鍛練できることをアピールした姿を筆者は今もはっきりと覚えている。そして、後者は、マイナー時代とメジャー昇格後の体つきや成績が大きく異なることから薬物使用疑惑が絶えなかったという経緯がある。
殿堂入りには全米野球記者協会(BBWAA)に10年以上所属した記者による投票で75%以上の得票率が必要。対象はメジャーに10年以上在籍し、引退から5年が経過した選手に限る。今年の有資格者は34人。記者は最大10人まで選ぶことができる。
すでに投票権をもっている筆者は、厳しい世界を生き抜いてきた選手たちに敬意に表し、毎回10人にマークをつけている。ただし、選考基準が1つある。「禁止薬物使用の可能性が高い選手は除外」だ。
今回の投票では、殿堂入りした3人のうち、ロドリゲス氏を外した。理由は、メディアの質問に「神のみぞ知る」などと答えをあいまいにしたままだからだ。前回の投票でもケン・グリフィーJr.氏には1票入れたが、マイク・ピアッツァ氏は除外した。理由はPED(Performance
Enhance Drug)使用の噂が絶えず、実際に禁止前の薬物を使用していたことを認めているからだ。
ここで今回の投票結果の内訳(全442票)を見てみる。
バグウェル氏は得票率86・2%の381票、レインズ氏が同86%の380票、有資格1年目のロドリゲス氏は同76%の336票だった。筆者にとっては2年連続で不満の残る結果となったが、今回はさらに不安を増幅させられる出来事があった。
ステロイド時代の象徴でもあるロジャー・クレメンス氏とバリー・ボンズ氏がついに過半数以上(54・1%、53・8%)の票を得たのだ。メジャー通算354勝、4672奪三振などの記録をもつクレメンス氏と、通算762本塁打や年間73本塁打など、数多くのメジャーレコードを樹立してきたボンズ氏。実績に関しては申し分ない2人だが、ともにPEDの使用を関して法廷に立つなど、限りなくクロに近い灰色の選手であることは明らか。
ただ、1年前と大きく異なるのは、メディアの間で禁止薬物使用の疑いのある選手に対して寛容な空気が広がりつつあることだ。その要因として一部の米メディアが挙げているのが、バド・セリグ前コミッショナーの殿堂入りだ。同氏は1992年から2012年まで長期にわたってメジャーリーグ機構の長として君臨し、五輪で禁止されてきた薬物の使用を許可した時期もあった。ところが、昨年、ベテランズ委員会が殿堂入りを決めたことで風向きが大きく変わったのだという。
そのほかの理由としては、禁止薬物がまん延している時代に好成績を残してきたから、薬物を使用しなかったと言われているシーズンでも好成績を残してきたから、さらには、当時を知る記者が少なくなっているから、といった不可解なものまである。
クレメンス、ボンズ両氏の得票率は前々回が37・5%と36・8%、前回が45・2%と44・3%。1年ごとに確実に10%ずつ票を伸ばしている。有資格期間は15年。来年が6年目となる2人は今後10回もチャンスがあるのだ。
そんな中、シカゴ・ホワイトソックスの主砲としてチームを支え、2014年に殿堂入りしているフランク・トーマス氏の発言が注目を集めた。
AP通信によると、同氏は禁止薬物使用の疑いがある選手の殿堂入りに関して「まったくうれしくない」と、これまで通り厳しい姿勢を示す一方で「もし、そういう選手たちが殿堂入りするようなことになっていけば、ボンズやクレメンス、(サミー・)ソーサだって認められるべきだ」と話したというのだ。
PEDユーザーの殿堂入りを止めることはできないと観念したとも受け取れる発言。しかし、本当にこれでいいのだろうか。ズルをした人間に寛容になる必要はあるのか。『時代の流れ』で片付けるにはあまりにも悲しすぎる。
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