|
ニューヨーク・ヤンキースの田中将大投手が15日間の故障者リストに入ったのは4月下旬のこと。理由は利き手でもある右の手首の炎症と前腕の張りだった。今季はここまで4試合に登板し、2勝1敗、防御率3・22とまずまずの成績を残していた。発表の前日まで全くそんなそぶりは全くなかったという。
田中投手はメジャー1年目だった昨年の7月に右肘靭帯の部分断裂で約2カ月、故障リストに入っている。シーズン終盤に2試合に登板し、球団を安心させたが、痛みの再発は即手術を意味するため、今季もオープン戦期間中から慎重に調整を進めていた。常に不安が付きまとう中、3度目の登板となった4月18日のレイズ戦では7回無失点で勝ち投手に。多くのメディアは「完全復活」と報じたほどの好投だった。
そんな矢先のけが。心配されていた右肘が原因ではなかったが、球団から戦線離脱を発表されるやいなや、ニューヨークのメディアは右肘手術の必要性を主張。それに乗っかるようにして日本のメディアも同調した。肘の手術を受けた投手の多くが田中投手のように最初に前腕に張りや痛みを訴えている。テキサス・レンジャーズのダルビッシュ有投手も昨季までシカゴ・カブスでプレーした藤川球児投手もそうだった。
肘の靭帯の手術、通称「トミー・ジョン手術(Tommy John Surgery)」は、損傷もしくは断裂した肘の靭帯を再建するというもの。左手首、もしくは太ももの腱を移植するのが一般的である。名称の由来は、シカゴ・ホワイトソックスやヤンキースで活躍した投手の名前だ。
1974年、31歳の時に靭帯を損傷した右肘に腱を移植する手術を受けるトミー・ジョン投手は復帰した76年に10勝を挙げると、77年20勝、78年17勝、79年21勝、80年22勝と大活躍。最終的には1989年、46歳まで現役で投げ続けて通算288勝、手術後の14年間で164勝を記録した。
トミー・ジョン手術の成功率は80%。術後の肘は強くなり、球速は上がる。一般的にそう言われていることもあってか、プロの選手はもちろんのこと、学生、特に将来ドラフトに指名されるような有望な選手はためらうことなく手術を受けている。
しかし、疑わしいのは、その成功率だ。なにをもってして『成功』なのか。
その疑問に鋭く切り込んでいるのが、スポーツ専門サイト、espn.comに掲載された「What
we’ve missed about Tommy John surgery?」だ。記事中に紹介されたデータが実に興味深かった。
1999年から2011年までに同手術を受けた投手は147人。その中でメジャーの試合に1度も登板することなく引退した投手の割合は20%だったという。つまり、80%がメジャーの試合で投げており、おそらく、この数字が成功率≠ニして世の中に出回っていると思われる。しかし、この記事はその数字をさらに分析。結果、13%が1シーズンのうち10試合未満しか登板していないとしている。
メジャーリーグの投手が1シーズンに投げる試合数は、先発なら30試合前後、中継ぎ投手なら50試合前後。そう考えると、「10試合未満」はチームの戦力になっているとは言い切れないことが分かる。さらに、全体の半数以上が手術した箇所を再び痛めて故障者リストに入り、手術前と比較して防御率や被打率などが悪化しているという。
術後年間10試合以上登板した投手の割合は67%。その後、何年投げ続けることができたかまでは触れられていないが、その割合はさらに下がることになるだろう。
念のために言っておくが、「トミー・ジョン手術に成功しました」は、無事に腱の移植を完了しただけであって、再び、投げられることが保証されたわけでは決してない。「成功率80%」もかなりざっくりした数字だったこともこれで分かった。
「成功」と聞けば、トミー・ジョン投手のように術後10年以上にもわたってメジャーで投げることができるような印象を受けるが、その確率は極めて低いものになるだろう。では、手術から復帰した翌年だけ20勝し、それ以降は全く勝てなくても「成功」とは言えない。今シーズンは2013年10月に同手術を受けたニューヨーク・メッツのマット・ハービー投手が開幕から5連勝し、大きな話題になっているが、「成功」と言うのはまだ早いだろう。
ヤンキースと7年1億5500万ドルという巨額の契約を結んでいる田中投手が手術を受けることになるのか。26歳の投手の今後に注目が集まっている。 |