いやらしい。ああ、実にいやらしい。
「勝てば官軍、負ければ賊軍」と言われる勝負の世界とはいえ、そのタイミングでその話を切り出すのはどうかと思った。人間のちょっとした底意地の悪さを見た気がした。
メジャーリーグ、ニューヨーク・ヤンキースのゼネラルマネジャー(GM)、ブライアン・キャッシュマンの発言が注目を集めたのは9月22日のことだ。地区優勝を決めた試合後。地元メディアのインタビューに応じた同GMはこんな話をし始めたのだ。
「確かに年俸を上げようと自分たちがその争奪戦に加わっているフリをするために彼の代理人と食事をしました」。
ここで言う「その争奪戦」とは、昨年オフにタイパベイ・レイズからフリーエージェント(FA)となったカール・クロフォード外野手の獲得合戦のこと。走、攻、守、3拍子そろった同選手は、オフの目玉としてその動向が注目されていた。そんな中、メディアはヤンキース、ボストン・レッドソックス、ロサンゼルス・エンゼルスの三つ巴となると報じていた。
交渉過程においてGMや球団社長ら球団幹部が欲しい選手の代理人を務める人間と直接、会うことは決して珍しいことではない。ただし、下交渉や交渉初期の段階では電話やメールでのやり取りが通例。「食事」は交渉がかなり煮詰まった状況にあることが多い。ただし、それは大抵が極秘裏に行われる。にもかかわらず、今回のキャッシュマンとクロフォードの代理人の食事はあっさりと公になったのだった。
クロフォードのヤンキース入り濃厚−。
そんな見出しがネットの速報や翌日の新聞に躍ったのは言うまでもない。しかし、今となっては、それらはすべて、キャッシュマンの仕組んだ”罠”だったということになる。
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