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鮮度が落ちると味も落ちる。旬を逃すと興味は薄れる。それはなにも「食」に限ったことではない。
テーマは面白いが、とてもヒットするとは思えない。
映画「マネーボール」の話だ。同作品が製作されることはずいぶん前に発表されたが、撮影開始直前に監督の交代劇があり、このほど新たな監督が決まったというニュースを聞いた。まだ完成もしていない作品にケチをつけるのも失礼な話だが、観たい!という気にならない。それはなにも主演が人気俳優のブラッド・ピットだからというわけではない。
理由は1つ。映画化のタイミングが悪すぎる。それに尽きる。
ちまたはバンパイア・ブームのようで、世界で2500万部を売り上げた人気小説を映画化した「トワイライト」の続編「トワイライト・サーガ/ニュームーン」が爆発的にヒット、歴史的な興行収入が予想されている。シリーズ第1弾からわずか1年で第2弾を公開したことが大ヒットに拍車をかけているようだ。まさに旬を逃さなかったというわけだ。
「マネーボール」はどうかと言うと、原作は6年前に出版されてベストセラーとなったマイケル・ルイスの同名ノンフィクション。ピットが演じるのは、メジャーリーグ、オークランド・アスレチックスのゼネラル・マネジャー(GM)、ビリー・ビーン。メジャーを代表する貧乏球団を2000年から06年の間に4度の地区優勝、5度のプレーオフに導いた敏腕GMだ。当時のチームは若くて、勢いのある本当に魅力的なチームだった。
その選手たちを集めたビーンの視点はユニークだ。
たとえば、選手を評価する基準として用いたのが、統計学で野球を分析した「セイバーメトリックス」の数値。当時は球場のネット裏に陣取った老練なスカウトの「目」が評価の基準だったが、資金力の乏しいチームはだれの目から見ても才能があると分かるような選手を獲ることはできない。打者をヒットを打つ確率の「打率」や技術よりも、四球などを含めた塁に出る確率「出塁率」で評価したのもその一つ。四球を選ぶには優れた選球眼がなくてはならない。当時のアスレチックス打線には、打席の中で辛抱強くボールを見極める、地味な選手が多かった。
投手のドラフトの仕方も独特だった。まず高校生はドラフトの指候補から除外する。理由は大学進学という選択肢をもっているから。天秤にかけられると契約金が高騰するためだ。大学3年生を指名しないのも同じ理由。しかし、大学4年生ならプロ入りを拒否すれば、野球をやめて就職するか、独立リーグなどで1年浪人するしかできないため、交渉を有利に進めることができた。まだ体が出来上がっていない高校生よりもけがの確率は低く、しかも、即戦力として期待できる。ファームで育てる時間も省略できるというわけだ。
2000年以降に「ビッグ3」と呼ばれたティム・ハドソン(現アトランタ・ブレーブス)、マーク・マルダー(フリーエージェント)、バリー・ジト(現サンフランシスコ・ジャイアンツ)の先発3本柱は、この“マネーボール理論”から誕生した選手たち。異端児扱いされたビーンは一躍、時代の寵児に。その下で補佐を務めていたJ・Pリッチアーディは01年オフにトロント・ブルージェイズのGMに、03年オフには同じく補佐のポール・デポデスタが31歳の若さでロサンゼルス・ドジャースのGMに招聘された。メジャー界にはマネーボール派が一大勢力となって幅を利かせたのだった。
ところが、それも今は昔。デポデスタはチーム内の不協和音により就任からわずか1年で解任。リッチアーディもチームの不振で今季終了後に職を解かれた。ビーンが率いるアスレチックスはといえば、07年以降、3年連続の負け越し。
今季は11年ぶりの地区最下位という屈辱も味わった。依然として緊縮財政を強いられているとはいえ、隆盛を誇った当時の勢いは消え失せてしまっている。この数年は、年俸が高騰した主力をトレードで出し、各球団の実績のない有望株をかき集めて、メジャーでプレーさせてその適性を見極める手法がもっぱらだ。
もし、原作の出版から3年以内に映画が公開されていたら、チーム状況との相乗効果でもっと注目を集めていたにちがいない。
“食べごろ”の時に映画「マネーボール」を観たかった。 |