今はすっかり下火になったが、少し前まで日本野球界が慌てふためき、大騒ぎした事件があった。「田沢問題」がそれだ。
その経緯を説明すると・・・。
今年11月に行われる日本プロ野球のドラフトの超目玉として注目を集めていた新日本石油ENEOSの田沢純一投手が大リーグ挑戦を宣言するとともに、12球団にドラフト指名回避要望書を送付したことを発表した。
不作と言われている今年のドラフト。来季の即戦力として期待している日本の球団にとっては、田沢が国外でプレーする道を選んだのは大きな誤算だった。そればかりが、大リーグ中継を見て育った若者たちが、これを前例として日本のプロを飛び越えて海を渡ることも容易に考えられる。すでにFAやポスティング制度を利用として次々とスター選手がいなくなっている現状に追い討ちをかけるような今回の出来事。逸材の流出を阻止するための新ルールの制定にプロ野球側が血眼になるのは無理もない話だった。ただ、冷静に考えれば、ドラフト前の選手なのだから将来の進む道を選ぶのは自由だ。本人の夢が大リーグの舞台で投げることであればなおさらだ。大リーグの複数球団が高く評価していることもすでに耳に入っているはず。「では、失礼して・・・」となるのは自然な成り行きだ。そこに日本のプロ野球関係者が口を挟む余地はない。いつものように「日本プロ野球の危機だ!」とてんやわんやになっている(本気で思っているかは別の話)のだが、このような事態に陥ることをなぜ予測できなかったのだろうか。
例えば、今年1月、大リーグのシアトル・マリナーズは、社会人チーム、NOMOベースボールクラブの須田健太投手とマイナー契約を結んだことを発表しているが、そこで「日本プロ野球の危機だ!」と騒いだ人間はだれ一人としていなかった。それはなぜか。“ドラフトの目玉”ではなかったからだ。将来、大成する可能性があるにもかかわらず、だ。ただ、契約する際にちょっとした、その場しのぎの、いやがらせ的な、陰湿との印象を受けかねない、条件が盛り込まれていたという。「日本に戻ってくる際にはどこの社会人チームにも所属してはならない」。いかに目先のことしか考えてないのか、なんてちっぽけな器なのか、日本野球界は。本当にさびしい気持ちになる。
それ以前にも、ドラフト指名を受けなかった高校生、大学生たちが野球をやりたくて大リーグ球団とマイナー契約を結んでいる。彼らの場合、日本のほとんどのメディアは「道のりは長いが夢に向かって頑張れ」といった論調で気持ちよく送り出しており、球界関係者の危惧する言葉もない。ところが、今回は、大リーグに対して「紳士協定を破った」と怒りを爆発させるありさま。その裏には、日本のプロ野球界とアマ野球界の間にこんな関係が今なお残っているからだろう。
「取ってやっている」「取っていただいている」。だから、日本プロ野球界の顔に泥を塗った田沢の行動がけしからんのだろう。「日本球界に何年か戻れない足かせを作る」といった措置を提案している球団関係者もいるという。
その一方で心配されるのは、田沢が抱いている覚悟のほどだ。大リーグのシステムでは、日本のプロ野球のように即戦力だからすぐに1軍(メジャー)で投げられるという可能性はゼロに等しい。どんな逸材でもマイナー生活を経験するものだ。プレーする環境だけでなく、食事、住居、交通手段など、ストレスになることは数え切れないほどある。待っているのは華やかなメジャーの生活だけではないということを知っておいてもらいたい。
メジャー球団の予想提示額は、契約金と出来高合わせて1億5千万円が上限とされている日本プロ野球の2倍、3倍とも言われている。周囲の人間からは景気のいい話だけしか聞かされていないだろうか。最速150キロのストレートと、落差のあるフォークボールと大きなカーブ。映像で見る限り、田沢はすばらしいピッチャーだ。その実力はどこまで通用するのだろうか。
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