Sucker Punchというフレーズを初めて耳にしたのは8年前だった。
2000年4月22日。まだ肌寒いコミスキーパーク(現USセルラーフィールド)でホワイトソックスとタイガースが死球を巡って熱い乱闘劇を演じた。両軍の選手と首脳陣合わせて11人が退場。後日、16人が合計85試合の出場停止、25人が罰金という処分が発表された。大リーグ史上最も厳しい裁定として今も記録に残る大立ち回りだった。
死球がらみの乱闘の場合、基本的にバトルの対象となるのは、あの硬いボールをぶつけられたバッターとけんかを売られたピッチャー、そして、マウンドに突進するバッターを制止するキャッチャーの3人だ。だが、この時のフィールドは1つのバトルが鎮まったかと思えば、別のグループが取っ組み合いを始めるといった具合で長々と続いた。
当時の僕は大リーグの知識もおぼつかない駆け出しのライター。今でも覚えているのは、外野フェンスの向こうにあるブルペンからダッシュで参戦したホワイトソックスのキース・フォーク(現アスレチックス)が乱闘に加わり、左目下に鮮?をにじませていたこと(5針を縫う大けがだった)。記者席のテレビで何度も繰り返される映像を見て、周囲の記者たちが「不意打ち」を意味するSucker
Punchというフレーズを連呼した。
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レンジャース戦の4回、乱闘で興奮する
投手ヘルナンデスを制止する
マリナーズ・城島(左から2番目)ら |
この8年前の出来事を思い出させたのは、今年5月8日にシアトル・セーフコフィールドで起こった乱闘だ。マリナーズの先発、フェリックス・ヘルナンデスがレンジャーズの打者に与えた2つの死球が伏線。その1つが捕手、ジェラルド・レアードに当ててしまったことが事態を悪化させた。
やられたらやり返すのが大リーグの不文律。レンジャーズ4点リードの四回二死。レアードはリッチー・セクソンへの初球に内角高めのサインを出す。ところが、投手のケーソン・ギャバードが首を振って拒絶する。もう一度、同じサインが出る。また、首を振る。最後はサインを出す指が「ぶつけんかい!」と言わんばかりに大きく動いた。
ここで8年前には見えなかったものが見えてくる。
ギャバードが拒絶した理由は怖いからではない。実は、この日はけがから復帰したばかり。次のイニングを投げ切れば勝利投手の権利が得られる。実績のないメジャー2年目の投手にとって1つひとつの結果が今後の野球人生を左右する。しかし、最後は捕手の命令に屈するかのように小さくうなずいた。
投じた球は顔の高さではあったが、打者の体からはほど遠い。ところが、それに対してセクソンが激昂し、マウンドに猛突進。手にしたヘルメットを相手に投げつけてからギャバードに体当たりした。一瞬にして両軍選手が入り乱れた。じっとしていても当たらなかった投球に対してセクソンが怒った理由はいくつかある。1550万もの年俸をもらいながらその時点での打率はわずか・209。昨季に続いて大不振に陥っていた。私生活では息子が病気で入院中。前日の試合はそれを理由に欠場していた。負けが込んでいたチームに活力を与えようとしていたとも考えられる。爆発するきっかけを探していたと言ってよかった。セクソンと同じく、いや、それ以上に興奮していたのはレアードだ。ピッチャーが身の危険にさらされたことに対する怒りだが、そもそもサインを出したのはあんたやろ!という話だ。どうやらそのことを忘れているようだ。いったん乱闘の輪の外に出されてもしばらく収まりがつかなかったようだ。そのレアードを必死で止めていたのが、チームメートのミルトン・ブラッドリー。実は“瞬間湯沸し機”で有名な選手だが、なぜかここでは冷静だった。それもそのはず。昨年9月の試合で審判の判定を不服として激怒したが、自分の監督に制止された際に右ひざのじん帯を損傷。その日でシーズンが終わるほどの重傷を負ったからだった。とはいえ、いつもなら率先して乱闘に加わる人間が真逆の動きをするのは見ていて滑稽だ。
一番の貧乏くじを引いたのは、危険球でも何でもない高めのボールを投げたギャバードだ。タックルを受けた際に右足に打撲を負って降板。故障者リストを出たその日に再び、けが。幸い、軽症で済んだが、もちろん勝利投手にはなれなかった。
再び、8年前の話に戻る。
フォークにSucker Punchを浴びせけがを負わせた選手はだれだったのか。どさくさ紛れの“犯行”のため、当時も犯人を割り出せなかったと記憶している。でも、フォークのタイガース選手との過去の因縁や人間関係を探っていけば、“犯人”とその“動機”を知ることができたかもしれない。
乱闘はそれだけでも興奮するものだが、その裏にあるものを知ることができれば、その面白さはさらに増す。
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