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ある者は「UNBELIEBABLE!」と驚きの声を上げ、ある者は「CRAZY」と言って笑った。
米国東部時間11月14日午後8時、日本時間同15日午前10時。フロリダ州ネープルズと埼玉県所沢市で同時にスタートした記者会見。ポスティングシステム(入札制度)で西武から大リーグへの移籍を目指す松坂大輔投手との独占交渉権を獲得したのは、5111万1111・11(約61億円)で応札したボストン・レッドソックスだった。
下馬評は圧倒的にニューヨーク・ヤンキース。予想落札額は2000〜3000万ドル。結果はいずれの予想も完全に裏切る格好となった。ヤンキースとライバル関係にあるレッドソックスが、予想額の2倍、2位のニューヨーク・メッツに約1300万ドルもの差をつけて圧勝した。日米の会見場が騒然となるのも無理はなかった。
98年に誕生したポスティングシステム。レッドソックスにとっては苦い思い出しかない。ちょうど10年前の96年。セオ・エプスタインGMは当時、インターンとしてサンディエゴ・パドレスの広報部で働いていた。
事件はその年のオフに起こった。パドレスは業務提携をしていたロッテ(現・千葉ロッテ)から大リーグ移籍を熱望した伊良部秀樹投手の独占交渉権を受けることで合意したが、意中の球団がヤンキースだった同投手は入団を拒否。右往左往した挙げ句、パドレスは日本球界屈指の右腕をヤンキースへトレードで手放さざるを得なくなってしまったのだ。
この一件を機に日米両野球機構はトラブル再発防止策を検討。2年後に採用されたのが入札制度だった。同制度を利用して初めて海を渡った日本人選手はイチロー外野手(00年オフ、当時オリックス)だったが、ここでもレッドソックスは煮え湯を飲まされている。マリナーズが1312万5000ドルで独占交渉権を獲得したのに対し、レッドソックスの応札額はわずか250万ドル。完全な敗北だった。その後のイチロー外野手の活躍とシアトルにもたらしさものは記すまでもない。先を見据える力がなかったと言うしかなかった。
しかし、今回は違う。松坂投手獲得のためにはたいた大枚は、その実力に対する評価であると同時に、球団にもたらす経済効果、そして、日本をはじめとするアジア各国の市場開拓を目的とした先行投資でもある。
同投手の代理人を務めるスコット・ボラス氏によると、松井秀喜選手がヤンキースにもたらした経済効果は年間2100万ドル。そこには日本人ファンの入場料はもちろんのこと、試合の放映権料、広告料が含まれている。5日ごとにマウンドに上がる投手と、ほぼ毎日出場する野手の違いこそあれ、日本の超一流選手がもたらすインパクトの大きさは周知の通り。単純計算で約5200万ドルは3年でペイできることになる。
また、レッドソックスは昨オフに、コーチ陣と若手選手を福岡ソフトバンク・ホークスのキャンプへ派遣。台湾の若手有望選手と契約を結ぶなど、アジア進出に向けてすでにアクションは起こしているが、今回の松坂獲りは日本や台湾だけでなく、韓国、そして中国にレッドソックス・ブランドを浸透させる足掛かりになったことは間違いない。「経済」だけでなく、「人材」発掘にもつながっていくというわけだ。
松坂フィーバーはまだ序章が終わったばかり。2月のキャンプ、3月のオープン戦、4月のメジャーデビュー、と話題は尽きない。04年に86年ぶりとなるワールド・チャンピオンで全米を熱狂させたレッドソックスが覇権奪回、そして、勢力拡大に向けて練り上げられた壮大なプラン。5111万1111・11ドル。決して「UNBELIEBABLE」で「CRAZY」な数字ではない。
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