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空が泣いていた。
10月20日午後10時(22時)22分。セントルイス・カージナルスの本拠地、ブッシュスタジアムが40年の歴史に幕を閉じた。ヒューストン・アストロズとのプレーオフ、ナ・リーグ優勝決定戦第6戦で敗退。試合後、チームカラーの赤に染まった客席は突然、総立ちになって大合唱を始めた。
「 LET'S GO CARDINALS ! 」
「 LET'S GO CARDINALS ! 」
「 LET'S GO CARDINALS ! 」
シーズンを戦い終えた選手たちへのねぎらい。新たなシーズンに向けての期待。そして、数々の名勝負を見せてくれた球場への感謝。さまざまな思いを込めて超満員5万2438人は叫び続けた。強い風とともに大粒の雨が落ちてきたのはそれから1時間半後のこと。みんなの気持ちを代弁するかのような惜別の涙だった。
シカゴ・カブスの最大のライバル。それは、カージナルスを置いてほかにない。隣接するイリノイ州とミズーリ州を拠点とする2球団。カブスの前身、ホワイト・ストッキングスは1876年に、カージナルスの起源となるブラウン・ストッキングスは1882年にそれぞれの街に誕生した。同じリーグに所属するようになったのは1892年から。それぞれ現在のチーム名になったのは、カブスが1903年、カージナルスが1900年。105年を経た今でも両チームは同じナ・リーグ中地区に所属している。強烈な対抗意識があって当然なのだ。
だからこそ、シカゴの人々にとってブッシュスタジアムの解体には感慨深いものがあるはずだ。オープンしたのは1966年5月12日。当時のオーナーの名前がそのまま名称となった。チームカラーの赤に染まった球場は、カブス・ファンにとっては身の毛もよだつ光景にちがいない。ルー・ブロック、ボブ・ギブソン、オジー・スミス、…、数々の名選手がプレーした場所。1998年、カブスのサミー・ソーサと世紀のホームラン王争いを繰り広げたカージナルスのマーク・マグワイアがメジャー最多記録(当時)となる62本目のホームランを放ったのも記憶に新しい。
解体直前の球場の柱や壁には、ファンたちの思い思いのメッセージを書かれていた。その数は日を追うごとに多くなっていた。あるファンはこうつづった。
「ずっと以前、パパは私にカージナルスファンがどれほどすばらしいかを教えてくれた。パパは本当にスマートな人だと思います」
1982年以来、世界一から遠ざかっている。別のファンはこう書いていた。
「僕は82年のワールドシリーズでファウルボールを捕りました。おじとママと一緒にブッシュスタジアムで見た試合は生涯忘れることはありません」
プレーオフ敗退の翌日、早くもブッシュスタジアムの外野のラバーフェンスは取り外され、一部の芝は剥ぎ取られていた。よき思い出があるからこそ、その姿は痛々しい。隣に建設中の新球場にはすでに真っ赤な外野席が完成している。オープンは来年4月。新たな歴史が刻まれるのを待っている。
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