大リーグ、シアトル・マリナーズのイチロー選手がシーズン262安打のメジャー最多安打記録を樹立した。1920年にジョージ・シスラー(セントルイス・ブラウンズ)がマークした257安打を84年ぶりに塗り替える快挙。この歴史的偉業に日本と米国は沸いた。
まさに足の踏み場もない混雑ぶりだった。9月27日、カリフォルニア州オークランドにあるネットワーク・アソシエーツ・コロシアムで行われたアスレチックスとの一戦。試合開始3時間前のフィールドに100人を超える日米報道陣が群がっていた。
お目当てはもちろんイチローだ。その前日、テキサス州アーリントンでのレンジャーズ戦で251安打目を放ち、大記録まであと6本に迫っていた。この日から場所を移してのアスレチックス3連戦での記録達成は濃厚とあって、テレビ、新聞、雑誌、写真週刊誌、ありとあらゆるメディアが人口30万人の中都市に集結したのだった。
そこへ試合前のウォーミングアップをするためにイチローが現れた。横一線にずらりと並んだカメラのレンズがその一挙手一投足を追いかける。その隣ではテレビのレポーターが「今、イチロー選手が登場しましたっ!」、「ストレッチをしていますっ!」、「キャッチボールを始めましたっ!」と、ハイテンションで実況中継を開始。試合はこれからだというのにフィールドは異様な空気に包まれていた。
ちなみに、マリナーズが前回、同所を訪れたのは7月26日。その時点でイチローの安打数は140本。日本の報道陣は10人足らずという淋しいものだったが、この日、発行された取材パスは実に140枚(!)。この数字が記録の大きさを物語っていた。
もちろん、盛り上がっていたのは日本だけではない。スポーツ専門チャンネル「ESPN」は、マリナーズが早々とプレーオフ戦線から脱落していたにもかかわらず、イチローの結果だけは欠かさず放送。シアトルの地元紙も毎日、スポーツ・セクション1面の見出しに「ICHIRO」という文字を使用した。
さらに、大リーグ機構は、250安打が記録された翌日からイチローの全打席でイチローの苗字「鈴木」のイニシャル「S」の刻印が入った特別球を使用。これは、ホームランなどで打球が客席に飛び込んでもその後に真偽を確かめることができるようにするための配慮でもあった。
結局、オークランドでの3連戦で記録達成はならなかったイチローだったが、本拠地セーフコフィールドで行われた今季最終3連戦の初戦でしっかりと期待にこたえた。米国太平洋時間10月1日午後7時51分。レンジャーズのライアン・ドリース投手から大リーグの歴史を動かす258安打目の打球をセンター前へ運んだ。フラッシュの閃光とシアトルの夜空に上がる花火。4万5千人の観客によるスタンディングオベーションにイチローは右手でヘルメットを掲げた。その総立ちになったスタンドには、シスラーの遺族の姿も。98年にマーク・マグワイア(カージナルス)がロジャー・マリス(ヤンキース)のシーズン最多本塁打記録を塗り替えた時と同じ演出をマリナーズが試みたのだった。その後の打席で1安打、残りの2試合でも3安打を放ち、イチローの記録は262安打まで伸びた。
日米を興奮させたシーズンは終わった。まだ31歳のイチロー。次はどんな ”狂騒曲“を奏でてくれるのだろうか。