1977年8月31日―。
その日、達成された偉業を筆者はまったく覚えていない。小学校に上がったばかりだからテレビで見ていれば、記憶に残っているはずだ。
巨人の王貞治選手が通算756本目の本塁打を放ち、ハンク・アーロン選手の持つ当時のメジャー記録を抜いた。日本国中が「世界新記録」に沸いた日だ。
覚えているのは、後日、子供向け雑誌「小学1年生」に掲載されていた王選手の写真。たしか、小さな笑みを浮かべて両手を上げているシーンと、白と赤の花のようなもので作られた盾のようなものを手にしているシーン。当時の筆者は野球のルールを理解していなかったし、当然、ホームランを打つことがどれほど高度な技術を要するものなのかも知らない。ただ、周囲の大人たちと同じように誇らしい気持ちになったことはよく覚えている。
あれからおよそ40年―。
一人の日本人選手が「世界新記録」を樹立しようとしている。
マイアミ・マーリンズのイチロー選手だ。
メジャー16年目。5月30日現在の通算安打数は2961本。史上31人目となる通算3000本安打が近づいているが、「世界新記録」はそこではない。日本プロ野球、オリックスでプレーしていた時に放った1278本のヒットと合わせた、いわゆる日米通算安打数でピート・ローズ氏のもつメジャー最多通算安打記録、4256安打にあと17本に迫っているのだ。
イチロー選手がメジャーリーグに移籍したのは2001年のことだ。シアトル・マリナーズでデビューし、首位打者と盗塁王のタイトルを獲得。新人賞はもちろんのこと、リーグMVPにも選出された。シーズン安打数は両リーグ最多の242本。ブラックソックス事件≠ナも知られているシューレス<Wョー・ジャクソン選手のもつメジャー新人記録を更新した。
その後も巧打者の証しである年間200安打を継続。メジャー4年目の2004年には年間262安打を放ち、1920年にジョージ・シスラー選手がマークした年間257安打の1シーズンのメジャー最多安打記録を84年ぶりに塗り替えたのだった。さらに2009年にはメジャー最長となる9年連続200安打を達成。記録は2011年に途切れたが、「10年連続」は永遠に破られることはないだろうと言われている。
そのイチロー選手が今度は通算安打数で「世界新」を目前にしている。今季は100試合以上残っており、大きなけがさえなければ、シーズン中の到達は確実だが、興味深いのは、「日米通算」というくくりに異議を唱えている人がいることだ。それが、アメリカの野球専門家やファンの主張ならまだ理解できる。残念なのは、日本人の中にもそういう意見をもった人たちがいるということだ。すでにアメリカでのキャリアが日本でのそれを超えているのだから「日米通算」は必要ない、といった選手へのリスペクトを込めた考え方もあるが…。
では、40年前はどうだったか。王選手の通算本塁打記録は最終的には「非公式」となったが、ベーブ・ルース選手の記録を抜いたアーロン選手の記録を王選手が抜いた日、日本列島は大きな感動に包まれた。そして、「巨人の王」は『世界の王』になった。メジャーリーガーたちがシゲオ・ナガシマを知らなくてもサダハル・オウを知っているのは、日本に伝説的なホームラン・キングがいると伝え聞いているからだ。
イチロー選手の世界新記録樹立の日はすぐそこまで来ている。歴史的瞬間をしっかりと目に焼き付けたい。
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