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ジョニー・ペラルタ内野手 |
「なにを考えとんねん!」という憤り。
「結局、こうなるか…」という絶望感。
MLBのセントルイス・カージナルスが、デトロイト・タイガースからフリーエージェント(FA)となっていたジョニー・ペラルタ内野手と4年5300万ドル(約54億円)で合意したと知ったとき、頭をかきむしりたくなるような衝動に駆られた。
この10年でワールドシリーズに4度も出場しているカージナルスは今やシカゴ・カブスにとって『ライバル』と呼ぶのもはばかれるほどの存在。そんなカージナルスにネガティブな感情を抱いたのは今オフも来季に向けてそつのない補強に成功したからではない。
今夏、メジャーリーグ界を激震させた「バイオジェネシス・スキャンダル」。フロリダ州マイアミにあるクリニックが複数の選手に禁止薬物を提供したとされる事件である。同クリニックの顧客リストにあったのは、3年前にプロスポーツ史上最大の10年2億7500万j(約280億円)の契約を結んだニューヨーク・ヤンキースのアレックス・ロドリゲス内野手ら約20人もの選手の名前。メディアはこぞってロドリゲスを主役にしてストーリーを展開させたが、“その他の選手”に含まれていたのがペラルタだった。
ロドリゲスが2度目の陽性反応や捜査妨害を理由にリーグが科した211試合の出場停止処分を不服として異議申し立てを行い、シーズンの最後までプレーしたのとは対照的にペラルタら12選手は自身の非をあっさり認めて謝罪し、50試合の出場停止処分を受け入れた。理由は簡単。そうすることが得策だったからだ。少なくとも、今季が自身の野球人生を左右する大きなシーズンになることを知っていたペラルタにとっては。
ドミニカ共和国出身のペラルタは、99年4月、16歳の若さでクリーブランド・インディアンスとプロ契約を結んだ。遊撃手の有望株として03年6月にメジャーデビューを果たすと、08年にはチームの主力として154試合に出場し、自己ベストの23本塁打&89打点をマーク。10年途中にトレードでタイガースへ移籍すると、その年のオフに2年1125万ドル+3年目(13年)は球団に選択権のある年俸600万ドルで契約を延長した。
今季でタイガースとの契約が満了し、FAになることは3年前から分かっていたことだった。脂の乗り切った31歳。大型契約を手にする最後のチャンスになる可能性は高い。ペラルタは開幕直後から好打者の証しである打率3割を維持し、2年ぶりにオールスターにも出場。8月上旬にスキャンダルが公になったのは計算外だったが、その時点の打率は自己ベストの・305。50試合の“刑期”を終えて9月27日から戦列に戻ると、プレーオフにも10試合に出場し、33打数11安打、打率・333の好成績を残してシーズンを終えた。
オフのペラルタは強気だった。
一部で報じられた要求額は4年総額5600万ドル〜7400万ドル。ヤンキースやメッツも獲得に動いたと伝えられる中、ペラルタはクスリの力で残した成績を恥じるどころか、攻守の安定感をウリにして交渉のテーブルに着いたのだった。
カージナルスと合意した4年5300万ドルの内訳は、14年の年俸が1550万ドル、15年が1500万ドル、16年が1250万ドル、そして、35歳になる17年が1000万ドル。ペラルタは摂取した薬物が自身の肉体にどんな影響を及ぼすかわからない恐怖と、出場停止期間は支払われなかった給料185万ドルを引き換えに億万長者の生活を手に入れたのだ。
周囲は即座に反応した。
「インチキに金を払うなんて…。オーナーのみなさん、ありがとう、禁止薬物の使用を奨励してくれて」
そう皮肉たっぷりのコメントを自身のツイッターでつぶやいたのはアリゾナ・ダイヤモンドバックスのブラッド・ジーグラー投手だ。
同じような出来事は1年前にもあった。
ナ・リーグ最高の打率・346を残しながら、薬物規定違反による50試合の出場停止を受けたために首位打者になれなかったサンフランシスコ・ジャイアンツのメルキー・カブレラ外野手。こちらもクスリの力を借りた成績だったにもかかわらず、その年のオフにトロント・ブルージェイズと2年1600万ドルで合意している。
労使協定に記された薬物違反に対する罰則は1回目が50試合、2回目が100試合、3回目が永久追放。意地悪な言い方をすれば、メジャーリーガーには2回まで大金を手にするチャンスがあるということ。世間からどんなに冷たい目で見られようが、どんなに大きなブーイングを浴びようが、結果さえ出せば、大金持ちになれるのだ。
一番悪いのは禁止薬物を使う選手だ。リーグは今季から尿だけでなく、血液の検査も実施しているが、バイオジェネシスのような薬物を提供する機関が存在するかぎり、カージナルスやブルージェイズのような球団が存在するかぎり、クスリの“後遺症”を心配する必要はなさそうだ。
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