ずっと気になっていた。僕の左側、1人挟んでその向こうにいる女の子のことが。小さな手でマイクを握りしめ、なにか言いたそうにしている。
「だれか譲ってあげればいいのに…」
そんなことを思いながら僕はピッツバーグ・パイレーツのアンドリュー・マカッチェン外野手の話を聞いていた。
メジャーリーグが毎年7月の第2火曜日に開催するオールスターゲーム。本番前日に行われるメディアセッションでのことだった。スター選手たちが待つブースを報道陣が自由に行き来して質疑応答をする。制限時間はアメリカン・リーグとナショナル・リーグとも各45分。北米のみならず、日本、韓国、台湾、中南米諸国の報道陣で会場はごった返していた。人気選手や話題の選手の周りは黒山の人だかり。話の波に乗れないと45分間、何も聞けずに終わってしまう。
今年で言えば、一番人気はニューヨーク・ヤンキースの守護神、マリアーノ・リベラ投手だった。メジャーのセーブ記録を保持する43歳。今季限りの引退を表明している。つまり、今回の球宴が最後になることが人気の理由だった。
リベラ投手ほどではないにしても、マカッチェンのブースもにぎわっていた。報道陣入れ替わり立ち替わりで話を聞いている。そこへやって来たのが小学校高学年とおぼしき女の子だ。メジャーリーグの番組企画なのだろう。ちびっこレポーターとして球宴の現場にやってきたのだ。ところが、そこにいる報道陣は自分の質問をぶつけることに必死。女の子は視界に入っていないようだ。おじさん記者よりは気配りができるはずの女性レポーターも自分の質問をさっさと済ませ、どこかへ行ってしまう始末だ。
矢継ぎ早に浴びせられる質問ひとつひとつに丁寧に答えていたマカッチェンだったが、女の子より後にやってきた年配の男性記者が質問しようしたのを見て我慢しきれず、こう言い放った。
「次はこの子ですよ」
球宴出場は今年で3回目。走、攻、守の3拍子に加え、強い肩とパワーも兼ね備えた5ツール・プレーヤーだ。フロリダ生まれのアフリカ系アメリカ人。髪はドレッド、メジャーでも人気のドクター・ドレのヘッドホンを首にかけながら取材に応じる姿はイマドキの若者という印象だ。選手としては素晴らしいが、人間性はどうなのだろうか。そんなことを考えながら26歳の若者の話に耳を傾けていた。
球宴定番の質問にうんざりした態度を見せる選手もいるが、マカッチェンはむしろ、その逆。おしゃべりを楽しんでいるように見える。冷房がまったく利いていない会場に「それにしてもあちぃな」と愚痴をこぼしながらもずっと話し続けていた。そんな中で目にしたちびっこレポーターへの優しさ。外見とのちょっとしたギャップも手伝って僕の中で好感度が急上昇したのは言うまでもなかった。
もともと、マカッチェンのブースに向かった理由は、後半戦のチームの戦いについて聞きたかったからだ。パイレーツは全世界のスポーツチームでワーストとなる20年連続負け越しという不名誉な記録を継続中。ただし、過去2年はシーズン中に一度は地区首位に立ち、プレーオフ争いに加わるなど、負け越しの内容に変化が見え始めている。
11年は7月に地区首位に立って世間を驚かせたが、同下旬から8月頭にかけてまさかの10連敗。プレーオフ戦線から一気に脱落した。昨季も8月下旬まで地区2位につけ、今度こそ、と期待されたが、勝負どころの9月に7勝21敗と大失速。なぜか、プレーオフを見据えて補強をしたとたんに負け出すという奇妙な現象が続いている。
今季のパイレーツも前半戦は好調で、球宴直前まで地区1位。現在(7月28日)はセントルイス・カージナルスとし烈な首位争いを繰り広げている。だからこそ、「3番・センター」の座を不動のものにしているマカッチェンに話を聞きたかった。
「どんなにいい状態にあってもやらなくてはいけないことがある。それはチームと選手、どちらにも言えること。いい状態にあるからと言って向上することをやめてはいけない。そのためには正しいことを選択しなくてはいけない。それが今シーズンのカギになる」
好調なときでも満足することなくさらに上を目指すことの大切さ。それを終盤に大失速した昨季から学んだのだという。今季は100試合を消化した時点で60勝40敗。昨季の58勝42敗とほとんど変わらず、順位も同じ地区2位だった。
昨季との違いを問えば、「経験」と即答したマカッチェン。過去の経験を生かせたかどうかは今後の戦い次第。果たしてワールドチャンピオン5回の古豪は復活できるのか。
心優しきチームリーダーを先頭に海賊たちが荒波の中を突き進んでいく。
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