カルピスは子供のころの僕にとって最もぜいたくな飲み物だった。
お中元。原液の入ったビンは水玉模様の紙で包まれ、箱に詰められていた。量も決して多くはない。スギちゃんなら「そのままビンに口をつけてゴクゴク飲んでやったぜ、ワイルドだろ〜」と言うかもしれないが、そんなことをしたらバチが当たる。ウィスキーのように水で薄めて飲むことがさらに「高級感」を引き立てていたのだった。
少々話は脱線するが、カルピスを飲む前に母親からはよくこう言われたものだ。「飲みすぎたら歯が溶けるで!」。そのせいで乳酸菌は歯を溶かす悪い菌だとずっと思っていた。
カルピコ。
それがアメリカでの商品名だと知ったのは渡米後、しばらくしてからのことだ。響きが安っぽい。紙パックの容器がさらにチープ感を際立たせていて、とてもがっかりしたのを思い出す。
聞けば、「発音」がよくないのだという。CALPIS=COW PISS=牛のおしっこ。ただ、僕は思う。もしかしたら、「おしっこ」のままにしておいた方が人々の好奇心を掻き立て、「おしっこ」からは想像もつかないそのおいしさが大きな話題となり、爆発的に売れていたかもしれない、と。
「安っぽい」。「名前がよくない。バーゲンセールじゃないんだから」。
名前を聞いて、そうぼやいたのは日本のプロ野球、中日ドラゴンズの高木守道監督だったそうだ。
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Bradley Bergensen |
今季から新助っ人としてチームに加入するブラッドリー・バーゲセン投手。日本の報道によると、日本での登録名が「ブラッドリー」に決定したという。理由は、ラストネームの「BERGESEN」の発音が「バーグセン」なのか、「バーゲンセン」なのか分かりにくかったかららしいが、監督のぼやきが大きく影響したことは間違いないと見ていいだろう。
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Bradley
Bergensen |
商品名ならまだしも、自分の登録名を変えられる。それは今に始まったことではない。
2002年のオフにドラゴンズへ移籍したアレックス・オチョア外野手も同じ“被害者”だ。登録名は「オチョア」ではなく「アレックス」。本名を聞いて「オチョアにするとおっちょこちょいみたい」と言ったのは当時の指揮官、山田久志監督だったという。どこまでネガティブやねん!と思わず、突っ込みたくなる発想だ。ただ、登録名変更の恩恵もあった。地元・名古屋の建築会社「アーレックス(AREX)」からCM出演の依頼があったとか。
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Ken
Macha |
ドラゴンズは伝統的にそういう球団なのだろう。今なお、球団史上最良助っ人として語り継がれているケン・モッカ内野手もそうだった。英語の綴りは「KEN MACHA」。近い発音は「モッカ」ではなく「マッカ」。そう、もうお分かりだろう。「マッカ」は「真っ赤」、「まっかっか」になるとの理由で表記変更。本人の許可を得たらしいが、ファンからの「がんばれ、モッカ!」の声援にどんな気持ちでこたえていたのだろう。
ここまでドラゴンズの選手のことばかり書いているが、ふと頭に浮かんだ名前がある。
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Randy
Bass |
バース。阪神タイガース、いや、日本プロ野球史上最強打者と言っていいランディ・バースはどうだったのか。綴りはRANDY BASS。どう読んでも「バース」ではなく、「バス」だ。理由は、予想どおりだった。
調べてみると、当時は親会社の阪神電鉄の傘下に阪神バスがあったとかで、「阪神バス大爆発」や「阪神バス大渋滞」との見出しを嫌った球団の意向で「バース」にしたとか。
しかし、すべての原因はさんざん選手の名前で遊んだ日本のマスコミ、特にスポーツ紙が原因だ。そのおかげで、球団側は異常なまでに外国人選手の名前に気を使うようになった。しかも、ネガティブなことばかりを想定して。
もし、20年前に当時オリックスの監督だった仰木彬氏が鈴木一朗外野手に日本プロ野球史上初となるファストネームを登録名「イチロー」にするアイデアを提案していなかったら、今ごろどうなっていただろうか。
「BERGENSEN」。「バーゲンセール」にならないような登録名は…。久しぶりにカルピス、いや、カルピコでも飲みながら考えてみよう。
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