近いかも・・・。
そう思った矢先の出来事だった。
福留孝介選手はシカゴ・ホワイトソックスから戦力外通告を受けた後、7月14日にニューヨーク・ヤンキースとマイナー契約を結んでいた。再び、メジャーの舞台に立つための新たな挑戦。ヤンキースが同選手の獲得に動いた最大の理由は、その優れた守備力だった。レフトを守るブレット・ガードナー選手が右肘手術で今季中に復帰できないことが決まっていた。さらに、ライトのニック・スウィッシャー選手(08年にホワイトソックスでプレー)が左足を負傷。明らかに外野手の数が足りない。いつメジャー昇格の声がかかってもおかしくない状況にあった。
『激動の日』は、あるつぶやきから始まった。米国中部時間、7月23日午後5時。ニューヨーク・ヤンキースが所有するテレビ局「YES」の看板記者、ジャック・カリーが投稿したツイッターにはこう書かれていた。
「関係者によると、ヤンキースがマイナーの右投手、DJミッチェルとデニー・ファークワーとの交換でイチローを獲得した。ヤンキースはまた金銭も得た」
01年の渡米以来、シアトル・マリナーズ一筋でプレーしてきた、あのイチロー外野手が移籍するというのだ。うわさレベルの話でないことは、交換相手や金銭など、具体的な情報が入っていることからも明白だった。そこからは情報の洪水だ。ヤンキース番記者らも次々と追っかけのツイートを投稿。ここまでくれば限りなく100%に近い事実だった。
同午後5時15分すぎ、マリナーズ、ヤンキース両球団がトレード成立を正式発表。くしくも、この日からシアトルで両チームの3連戦が始まる。試合開始3時間前の西部時間午後4時(中部時間午後6時)すぎからの記者会見にスーツ姿で現れたイチロー選手。会見後はいつもの一塁側ではなく、ビジター用の三塁側クラブハウスに入ってヤンキースのユニホームに着替えた。福留選手のメジャー昇格の可能性がなくなった瞬間でもあった。
そのニュースがあまりにも衝撃的であまり話題にはならなかったが、実は今回のトレードはマリナーズにとってはかなりひどいものの部類に入る。イチロー選手は今季が5年契約の最終年。シーズンが終われば、フリーエージェントとなり、他球団との交渉が可能となる。その一方でこの2年は打撃に精彩を欠き、今年10月で39歳になる年齢を問題視され始めていた。さらに、低迷するマリナーズは若い選手を優先的に起用し、再建モードに入っていた。日米の報道を総合すると、トレードはイチロー選手の希望だったという。
今回の交渉は、チーム編成を統括するゼネラルマネジャーの上のポジションにいる球団社長らごく一握りの人間だけで行われたトップシークレットだった。トレード交渉の過程どころか、うわさにも上らなかった理由がここにある。そして、発表された内容は「イチロー選手+約400万ドル⇔マイナー投手2人」。
メジャーで2500本以上ものヒットをうち、将来の殿堂入りが確実視されている選手に対し、マイナー中継ぎ投手が2人だけ。ミッチェル投手は過去に防御率4.00以下を残したことがなく、ファークワー投手は4球団を渡り歩いているジャーニーマンだ。ともに平凡な25歳の右投手だった。そればかりか、マリナーズはそこにお金までつけた。どちらの球団に交渉の主導権があったのは明白。交渉の中に駆引きがあったとはとても思えない内容だった。
もう一つの衝撃は、イチロー選手のトレードが発表された2日後の7月25日にもあった。タンパベイ・レイズが松井秀喜選手に戦力外を通告したのだ。マイナー契約からメジャー昇格を果たして約1カ月。松井選手が出場機会が安定しない中で残した成績は34試合に出場した打率.147、2本塁打、7打点。最後は18打席連続ヒットがなかった。
くしくも、松井選手が最後の打席に立った試合は、まだイチロー選手がいた7月22日のマリナーズ戦だった。イチロー選手が移籍を決断したのは同中旬のオールスター開催期間中。つまり、レイズ戦の時にはすでに腹は決まっていたことになる。しかも、移籍先は、かつて松井選手が活躍したヤンキース。レイズで松井選手がつけた背番号はこれまでの「55」の下一桁の「5」を残して「35」。ヤンキースでイチローが選んだのは、マリナーズ時代の「51」の「1」を残して「31」。偶然にしてはあまりにも接点が多すぎたことも面白い。
イチロー選手の加入でメジャー昇格は難しくなった福留選手。3Aスクラントンでの成績は7月30日現在、11試合に出場して打率.275、1本塁打、4打点。出塁率・396と持ち味を発揮している。9月に入れば、メジャー登録枠が拡張される。イチロー選手とフィールドに立つ日が来ることを信じたい。
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