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今、思い返せば、その日は朝から様子がおかしかった。
6月23日、ワシントンDCのナショナルズ・パークで行われたワシントン・ナショナルズとシアトル・マリナーズのデーゲーム。どちらも下馬評を覆し、勝率5割前後をキープしているチームとはいえ、全米が注目するほどの話題はない。にもかかわらず、試合前の記者席には、前日まではなかったESPNのジム・カークジャン、USA
TODAY紙のメル・アントネンやポール・ホワイトといった、著名な野球記者たちの顔があった。
投手戦となった試合は、ナショナルズが9回、1-0のサヨナラ勝利でマリナーズを3連勝で蹴散らして貯金1。最近12試合で11勝1敗と絶好調のチームは、試合後に全体ミーティングを開いた。
シーズン中のミーティングといえば、負けが続いたり、問題を抱えたりしたチームが「俺たちはファミリーなんだ」などと言って意思疎通を図るために行うものと相場が決まっている。しかし、今回はそれには当てはまらない。考えられるのは、若い選手が多いチームだから現状に満足せず、もっと高みを目指そう。そんな内容のものだろう、と思っていたら・・・。
そこにマイク・リッゾ・ゼネラルマネジャー(GM)が緊急会見を行うとのアナウンスが入る。試合前はノータイ、開襟シャツ姿だったGMがネクタイを締めて神妙な顔で会見場のマイクの前に座っている。
「この試合をもってジム・リグルマンがワシントン・ナショナルズの監督が辞任することになりました」。
えっ!?
眉間にしわを寄せるGMと、淡々と質問に答えるリグルマン監督。そこには対照的な2人の表情があった。もしかしたら前出の著名記者たちはこの発表があることを知って、集結したのかもしれない。
辞任の理由は来季の契約問題。09年途中にベンチコーチから代理監督に昇進したリグルマンは、その年のオフに2年プラス3年目は球団が選択権を持つという条件で合意していた。投手陣を軸にしたチームがようやく形になりつつある。リグルマンもそんな手ごたえを感じる戦いをしていたが、GMは来季の契約の話をしようとしない。だったら、もういい、辞めてやるー。
実は、今季のメジャーリーグで監督交代はこれで3人目だ。第1号はオークランド・アスレチックスのボブ・ゲレン監督で6月9日にチームの不振を理由に解任された。その10日後の19日にはフロリダ・マーリンズのエドウィン・ロドリゲス監督がチームの不振を理由に辞任を申し出た。後者もリグルマン同様、契約は今季限り。担当記者によると、球団からクビを宣告されるのは時間の問題だったという。
これら2人に比べれば、いくら来季の契約の話をしてくれなかったとはいえ、リグルマンの辞任は理解に苦しむ。もし、このままチームが好調を維持し、プレーオフ争いを続ければ、ずっとドアマット・チームを応援してきたファンが『続投』を後押ししてくれるのは間違いない。それでも球団が契約延長を認めなかったとしても、他球団がほおっておくはずがなかっただろう。
リグルマンが39歳の若さでサンディエゴ・パドレスの監督に就任したのは92年。95年からはシカゴ・カブスを指揮して、98年にサミー・ソーサとケリー・ウッドを擁して9年ぶりにプレーオフに進出している。99年を最後にシカゴを離れたが、その後もロサンゼルス・ドジャースとシアトル・マリナーズのベンチコーチを歴任。マリナーズでは08年途中に9年ぶりに監督業に復帰している。
しかし、今回のいざこざで周囲のリグルマンの見方は変わるだろう。GMの対応が不誠実だったとはいえ、リグルマンに対し「頑固者」、「扱いづらい」とのレッテルを貼られてもおかしくない。
この2年で4度の監督面接を受けたという7月で39歳になるナショナルズのボー・ポーター三塁ベースコーチは言っていた。
「メジャーチームの監督になることは私の目標だけどもそれは考えないようにしている。今は監督の話がいつ来てもいいように心の準備をするだけです」。
どうやら、リグルマンは監督になるまでの志、初めて監督になった時の感動を忘れてしまったようだ。
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