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たばこの煙には敏感だ。そんじょそこらのスモーク感知機よりも僕の鼻の感度の方が高い自信はある。禁煙中の身だから、ではない。むしろ、その逆。たばこの煙はいつまでたっても好きになれない。父親は愛煙家で、一昔前の日本の家庭では当たり前だったように部屋の中でたばこを吸っていた。子供のころは、その度に煙の届かない場所に避難したものだ。
あれっ?
一瞬、違和感を覚える。メジャーリーグの球場はどこも禁煙のはずなのに、なぜか僕の鼻がたばこの煙を嗅ぎ取ったのだ。デトロイト・タイガース本拠地、コメリカパークのタイガース側のクラブハウスに入るやいなや、体内のセンサーが反応した。不快とまではいかない。かすかににおう、空気がわずかに濁っている程度のものだった。
思い出した。ジム・リーランド監督がヘビー・スモーカーとしてメジャー界でよく知られていることを。球団関係者に確認してみる。予想した通り、この煙は監督の部屋から出ているものだった。その嗜好は遠征先でも変わらないという。確かにシアトル・マリナーズの本拠地、セーフコフィールドのクラブハウスでもたばこのにおいが漂っていた。12月で67歳になる老監督の手元には常にたばこがあるようだ。
メジャーリーグの監督の中では、昨季、球団創設50年目で初めてワールドシリーズに進出したテキサス・レンジャーズのロン・ワシントン監督もたばこ好きで有名だ。ところが、年がら年中、たばこを吸うリーランド監督とは少し違う。
「たばこは野球シーズンの間だけ。オフになるとたばこを吸うことはないよ」。
数年前のことだが、ワシントン監督からそんな話を聞いたことがある。どの世界でも“管理職”はストレスがたまるということなのだろうか。たばこは一服の清涼剤といったところか。
ちなみに、ワシントン監督は2009年7月にリーグが無作為で実施した薬物検査でコカインの陽性反応が出ている。現役監督による衝撃的事実は、昨季のキャンプ中に同監督が自ら明らかにして公になり、その場で謝罪。過去のこととはいえ、お咎(とが)めなしという日本では考えられない異例の措置が取られたが、そこは彼の人柄のよさが影響している気がしてならない。選手からの人望が厚い、本当にいい監督なのだ。
そう言えば、その昔、シカゴ・カブスの中にもたばこ好きの選手がいた。現在はダイヤモンドバックスの専属解説者を務めるマーク・グレースがその人だ。1985年にカブスからドラフト指名を受けて、88年にメジャーデビュー。2001年にダイヤモンドバックスへ移籍したが、通算で2445本ものヒットを放った安打製造機だ。
カブスがなかなか勝てなかった99年シーズン。試合後のクラブハウスをのぞくとグレースはたばこの煙をくゆらせながら缶ビールをグビグビやっていた。ユニホームを脱ぎ、上はアンダーシャツ、下はスライディングパンツの状態で。頭が角刈りに近かったこともあって、そのパンツがどうしてもパッチにしか見えない。ミッキー・モランディーニやゲーリー・ガイエティといったベテラン陣とひと塊になって話し込む姿は、失礼だが、ただのオッサン。おじさん、ではない。ザ・オッサン、だ。その斜め向こうでは、当時全盛を誇っていたサミー・ソーサが自らクラブハウスに持ち込んだ大型コンポでサルサやメレンゲを大音量で流していた。それも今となっては懐かしい思い出だ。
たばこが有害なのは周知の事実だ。子供のころの経験もあって、生まれてこの方、一度も吸ってみたいという衝動に駆られたことがない。かといって、「断固反対」とまでいかないのは、たばこには独特の『味』があるからにちがいない。
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