そういうことだったのか。
安藤美姫の話を聞いて前夜の出来事がようやく理解できた。
3月末にロサンゼルスで開催されたフィギュアスケート世界選手権。女子銅メダルを獲得した安藤が大会最終日に行われた会見の終盤にさしかかった頃、突然、語り始めたのだ。
「実はすごく怒られたんですよ、アメリカで」
怒られた!? 何を話すつもりなのだろうか。
「手とかステップとかトランジションに関して、全日本でトランジションの評価が低かったので、ステップを入れないといけないと言われてやってたんですけど、それをやっても人には伝わらないんですよね・・・」。
安藤は決して話し上手な選手ではない。頭の中で整理して話しているつもりなのだろうが、この時点では話の意図が全く見えない。
「滑っててすごく大変だったし、ジャンプも決まらないですし、滑ってて気持ちが入っていなかった。ただ、高い評価を得るためにこれを入れないと、という感じだった」。
今しかない。何かを訴えようとする、告白にも似た口調だった。
ここまでの話をまとめると、昨年12月に行われたフィギュアスケート全日本選手権で安藤は3位に入ったものの、大会後に“関係者”から演技の指導を受けたらしい。高得点を得るためにジャンプに移行するまでの手や足の動きを工夫しなさい、と。安藤にはアメリカを拠点にしているニコライ・モロゾフというロシア生まれのコーチがいるが、今回の指導は同コーチの知らないところで行われた。言われるがままに演技の内容を変えたものの、ジャッジの採点を気にした演技では感情が入るわけがなかった。
「それでアメリカでニコライ先生に見てらったら『なにやっての?何を表現したいのか分からない』って、毎日毎日すごい怒られて、すごい大泣きして、そのことで、逆にスケートをどう表現するのか、ただ、滑るんじゃなくて、どう表現するか、どういうふうに滑るかが大切だということに気付いたんです」。
ここまできて、前夜、怒りを爆発させたモロゾフコーチの顔を思い出した。
取材陣からの「今日の演技(3位)のカギは?」の問いに「日本人がだれ一人として僕のじゃまをしなかったことだ。僕の気持ちを煩わせるとミキもうまくいかなくなる。全員ではないが、連盟の中にクレージーなのがいる。準備段階でいろいろと口を挟んでくるんだ」と一気にまくし立てたのだ。
『連盟』とは、日本スケート連盟のこと。ただ、同コーチは過去に男子の織田信成と高橋大輔の件などで、ずっと連盟とはぎくしゃくした関係が続いている。この時も銅メダル獲得の勢いに乗った“連盟批判”と思われたが、安藤の発言と合わせると、コーチの存在を無視した“関係者”の行き過ぎた干渉に腹を立てるのは自然なことだった。
一度火がついた怒りは簡単には収まらなかった。
「繰り返し言っておく」。
同コーチはさらに言葉をつないだ。
「ふつうは最初に選手、次にコーチ、最後にその他の人たちがくる。でも、日本では時々、連盟が一番にきて、選手は二の次になる。それが問題を起こす結果になる。今日のマオ・アサダのようにだ。こんな特殊な状況が続いたら、日本はメダルを取れない。僕の言っていることを理解できましたか?」
この大会、期待の浅田真央は最大のライバルと目される韓国のキム・ヨナに大差をつけられ、4位に終わった。シニアに転向して主要大会では初のメダルなしという結果は日本列島に大きな衝撃を与えた。
モロゾフ・コーチの発言は少々大げさかもしれないが、今回の世界選手権の舞台裏から日本フィギュア界の現状が透けて見えた。
バンクーバー五輪まであと10カ月。フィギュアスケートは個人競技ではあるが、それに携わる人々が一つにならなければ勝つことができない団体競技でもある。そのことを忘れてはいけない。
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