|
僕は少数派かもしれない。きっと、少数派に違いない。もしかしたら、こんなことを感じたのは、アメリカの中でたった一人だけかもしれない。でも、思い切って言う。
クレメンスの現役復帰宣言にはがっかりした、と。
それは、5月6日のことだった。ヤンキースタジアムで行われたヤンキース対マリナーズの試合。マリナーズが七回の攻撃を終えた後、「テーク・ミー・アウト・トゥー・ザ・ボールゲーム」の大合唱まではいつもの光景だった。そこへ突如、ロジャー・クレメンスが現れたのだ。センター後方にある電光掲示板の大画面に登場した彼は右手にマイクを持って叫んだ。
「今、テキサスから到着した。ロジャー・クレメンスはここに戻ってくる。その話は後でしよう」。
電光掲示板に文字が躍った。
「Roger Clemens is now a Yankee」
5万2千の大観衆が熱狂した。もう大騒ぎだった。
僕ががっかりした理由は、クレメンスが家族のそばにいてあげたいと言って戻ったはずのヒューストンをわずか2年で去ったからでも、他の選手たちが4月の開幕に向けて2月のキャンプから準備をしているのに、毎年、当然のように5月に復帰を発表するからでもない。
選手たちが真剣にプレーしている試合の最中に割って入ったからだ。復帰発表は試合前でもよかったんじゃないか。この日の試合に間に合わなかったら明日でもよかったんじゃないか。それこそ、試合が終わってからでもよかったんじゃないか。なぜ試合途中なんだ。それってゲームを侮辱してないか、フィールドにいる選手たちへの侮辱じゃないか。
今でも、ちょっとした腹立たしささえ覚えている。
1年契約。年俸2800万22ドル。候補に挙がっていたレッドソックスとアストロズの条件を圧倒したという。最後の端数は自身の背番号にちなんだゲン担ぎだ。6月のメジャー復帰を見込み、球団から支払われる金額は約1860万ドル?。ローテーションを守ったとして、1試合登板当たり約70万ドル?(!)の計算になる。
メジャー史上8位の348勝、同2位の4604奪三振。サイ・ヤング賞7度受賞した投手は他にいない。とはいえ、44歳。闘争心は変わらずとも、いつけがをしてもおかしくはない体だと考えるのは悲観的すぎか。
一つ言えるのは、勝率5割を超えることができず、レッドソックスに独走を許しているヤンキースにとって彼が起爆剤になる可能性があること。アンディ・ペティットを筆頭にクレメンスを師と仰ぐ選手は多い。チームを一丸にする統率力はもっている。その一方で、クレメンスは登板しない日はチームに帯同しないことが許されており、そのことに眉をひそめる選手がいる。すべては、ふたを開けてみないと分からない。
実は、これまでクレメンスは2回(細かく言えば3回)、引退宣言している。ヤンキースでプレーした03年終了後と、アストロズに移籍した翌シーズンの後だ。今回が3度目の現役復帰。ここで、僕はマイケル・ジョーダンを思い出してしまう。
MLBとNBA。違いがあれど、どちらもスーパースターであり、アメリカを象徴するアスリートであることは間違いない。しかし、何か引っ掛かるものを感じてしまうのは僕だけだろうか。
|