1500〜1700年頃、イギリス、スペイン、フランス等から多くの開拓者がアメリカの地を踏みます。
その中でフランス生まれの宣教師Jesuit orderと探検家であり、地図作製者でも あったLouis
Jollietの2人 がシカゴの地に足を踏み入れた(1673年)ところからシカゴの歴史は始ります。日本では明治時代、徳川綱吉が将軍になった頃(1680年)のことです。
1811-12年、マグニチュード8以上の地震がイリノイ、ミズーリー、アーカンソー、テネシー、ケンタッキーにわたって発生しました。このニューマドリッド地震によってミシシッピー川は氾濫、逆流したそうです。
1871年10月8日の大火事にて壊滅的な被害に遭います。(シカゴの大火)この大火を生き延びた唯一の建築物・ウォータータワーは、現在ではシカゴ・ダウンタウンの観光スポットとなっています。
暗黒街のボスとして知られるアル・カポネがシカゴに来たのは1920年。禁酒法が施行されていた当時、酒の密造・販売、麻薬の売買等、犯罪組織を配下で統合していたことはあまりにも有名です。映画「アンタッチャブル」ではロバート・デニーロがその悪役ぶりを見事に演じています。
その後、シカゴは人口の増加、交通機関の発達、産業の拡大と順調に発展していきます。ジャズ・ブルースの発祥、シカゴ美術館の創立(1873年)、オヘア国際空港の開通(1942年)、全米で最も高いシアーズタワーの建設(1973年)等を経て、世界の大都市と呼ばれるに到りました。
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Windy City
ところで、皆さんシカゴはなぜ”Windy City”と呼ばれているかご存知ですか?
風が強いから? 現在においてはそう言われているようですが、この語源は違います。実は19世紀の中旬頃から始ったboosterismと呼ばれるものからなのです。それではBoosterismとは何でしょう。 当時Boosterと呼ばれるシカゴのおしゃべりな政治家達が西海岸等でシカゴの魅力について声を上げてじゃべりまくりました。Windy Cityとはいわゆる自慢の町(Boastful
city)とでも言いましょうか。それを当時のシカゴ新聞が記事として載せたことによってそう呼ばれるようになりました。
この情報は下記のChicago
Public LibraryのLearn Chicagoに掲載されています。
<シカゴの歴史参考ウェブサイト>